「ねらいの設定」

 学習者の能力、授業時間といった指導条件は、指導の難易度や指導内容の量を適切に設定するために、あらかじめ把握しておく必要があります。
 そうした学習者や指導条件を明らかにするために作成するのが「ねらい」です。
 今回はその「ねらい」について学んでいきます。
 

1)段階としての「ねらいの設定」

 指導の難易度を適切に設定するためには、まず学習者の能力の把握が欠かせません。
 また実習・講義といった指導の形式や、指導内容を決定するにも、指導に与えられた時間・環境の確認が不可欠です。

 そうした「学習者の能力」「指導環境」をまず確認し、文章として具体化するのが、この「ねらいの設定」という段階です。


ねらいを設定しない場合:
■学習者の能力と、指導環境を明らかにする必要がある


2)ねらいとは

 ねらいとは、学習者の能力と指導環境についての項目をまとめた定式書類のことです。
 各項目に文章として書き込むことで、必要な情報を具体化していきます。
 ここでは「学習指導の概要」「学習対象」「時間」「環境」「動機」「評価基準」の6つの項目からなる定式書類を用いて説明しています。

 ねらいの一例を以下に示します。
***
学習概要:
「普通自動車の右左折・進路変更時の合図の出し方をバーチャルマシンで実践する」
対象:
 学習者:教習生(第一段階) 5名前後
 運転初心者
 運転は場内で2度体験している
 「右左折・進路変更時の合図の出し方」の講義は受講済み
 自動車の基本操作は習得済み
 バーチャルシミュレータマシンの操作は経験済み
時間:
 1時間
環境:
 場所:シミュレータ室
 バーチャルシミュレータマシン7台
 拡声器(マイク)有
動機:
 右左折・進路変更時の合図は仮免試験での採点対象である。それができないと仮免許を取得できず、普通自動車免許を取得することができない。
 場内練習で右左折・進路変更を行う場面は少なくない。正しい合図ができないと右左折・進路変更する事を他者に知らせられず、事故を起こす恐れがある。
評価基準:
 本基準:仮免実技試験での、「右左折・進路変更時の合図」の部分の採点結果
 中間基準:次の実技授業での確認テストで、時間内に合格をもらえた人数
***


 各項目を順に説明していきましょう。

1.学習指導の概要

 「学習指導の概要」は、学習指導で教える内容を大まかに提示したものです。
 これは指導目標を決定する際の目安となります。

 例えば、
「エネルギー保存則の公式と、その使い方を学ぶ」
「右左折・進路変更時の合図の出し方を学ぶ」
などが学習指導の概要です。

 学習指導の概要はあくまで指導設計の方向性を定めるためのものであるため、指導目標のように文章構造や動詞を厳密に選択する必要はありません。
 あくまでおおまかに、現時点で分かっているものをまとめていきます。


2. 時間

 学習指導に要する時間です。
 この段階ではっきり分からない場合は、目安となる時間を表記します。


3. 環境

 学習指導が行われる場と、それに起因する条件を提示します。
 指導方式の決定や教材研究の際の条件となります。
 具体的には学習指導が行われる場所、収容人数、資材、設備、制限時間などを明らかにしていきます。


4. 対象

 「対象」は学習者の立場と、学習指導に関連する学習者の知識・技能、人数、経験、今後の学習予定からなります。
 これらは学習指導の難易度の決定や、動機付けの材料となります。

・学習者の立場
 「3年生」「第二段階の訓練生」といった、学習者の知識・技能を指し示す肩書きを示します。
・人数
 学習対象の人数を示します。
・知識、技能
 文字通り学習者が既に習得している知識・技能を示します。
 提示するものはあくまで学習指導の内容に関連するもののみです。
・経験
 学習者が既に経験しているものを示します。
 同じく提示するものはあくまで学習指導の内容に関連するもののみです。
・今後の学習予定
 学習指導で学ぶ内容を今度どのように使っていくか示します。
 なおこの要素は次の「動機」を設定するためのものなので、ねらいで明記しないこともあります。

 例を示します。

学習概要「キルヒホッフの法則について学ぶ」

学習者:
 電子工学科1年生40名
知識・技能:
 教科書「電気回路論I」の32ページまで学習済み
 キルヒホッフの法則は高校時代で学習済み。ただしかなり前の話で憶えていると保証できず
 Aゼミに仮所属しているものは既に理解している
今後の学習予定:
 4年時まで、回路の電圧・電流を求める機会が多々ある。
 6月頃のアナログ回路実習で、各素子にかかる電圧電流を求めるテストが実施される。

5. 動機

 「動機」は、学習する内容がなぜ必要なのかを明示する要素です。
 学習指導の中での「動機付け」のほか、指導目標や指導形式の設定にも関わってきます。

 「オシロスコープはこれから測定実験で多々用いることになる。ゆえにその操作方法を習得しておかないと、これからの実習で苦労する事になる」
 「第一次世界大戦はセンター入試での頻出分野である。この分野を熟知しておかないと、センター入試の点数を下げる恐れある」といったものが動機にあたります。

 なお動機は主体が学習者である必要があります。
 例えば
「半田ごてを扱い方を習得させておかなければ、後の実習で指導員が苦労する」
「期末考査で良い点を取らなければ、学習指導の評価が落ちる」
などは、主体が学習者となっていないので悪い例となります。

 また、動機は学習指導と直接関わりがあり、メリットやデメリットを実感できるものでなけれなりません。
 例えば受験数学の授業の動機として以下の2つがあるとします。
「センター入試で良い点をとるため」
「良い大学に入学するため」
 前者は「入試の試験範囲内である」という接点を持っていますが、後者にはそれがありません。
 「良い点」は定量的に程度が把握できるものに対し、「良い大学」は程度が曖昧です。
 したがって前者は良い動機、後者は悪い動機といえます。


6. 評価基準

 「評価基準」は、学習効果を評価手段を明示する要素です。
 これは学習指導の評価基準になるほか、授業内の課題や指導形式を決定する際の目安ともなります。

 評価基準は、動機を実現できているか評価する本基準と、最初から評価することを目的として用意された中間基準の2つに区別できます。
 例えば受験物理の授業では
  本基準:「センター入試の偏差値」「後期入学試験の偏差値」
  中間基準:「学校での中間試験の点数」「統一模擬試験の偏差値」
といったものが挙げられます。

 評価基準は学習指導外で実施され、動機と直接関わりのあるものが良いとされています。

 なお、現時点で明らかにする評価基準は、あくまで学習指導を設定してくための目安です。
 実際に学習指導の効果や、学習指導そのものを評価する基準を定めるには、後述する指導目標の決定が欠かせません。

 この項目も「学習指導の概要」と同様、今は現時点で分かっているものをまとめていくだけで十分です。
 なお学習指導の内容によっては本基準を設定しにくい場合もありますが、その時は「未定」とします。


3)まとめ

□ねらいを構成する五つの要素
・学習指導の概要
・対象
・時間
・環境
・動機
・評価基準

□対象を構成する要素
・学習者の立場
・知識、技能
・経験
・今後の学習予定

□動機が満たしておくべき条件
・動機の主体が学習者である
・学習指導と直接関わりがある


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