「指導案の作成」
指導案は学習指導の流れを細かくまとめた、いわば授業の台本のようなものです。
今回はその指導案の作成方法について学んでいきます。
1)指導案とは
指導案はこれまで示してきた通り、以下のようなものです。
訓練目標:安全に釘打による板の接合ができる 時間:15分 訓練対象:中卒者 機材、教材等:げんのう、釘、木板、配布教材 |
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区分 | 時間 | 指導の要点 | 学習者の活動 | 教材等 |
●導入 ・動機付け 釘打の必要性 |
30秒 | あいさつ ・釘打の必要性説明 ■釘打はさまざまな場面で必要となる技能であるため、釘打の習得は広い分野で有効である 例)束線作業、本棚 ・授業目標の提示 板書「安全に釘打による板の接合ができるようになる」 |
配布資料を見る | 板書 |
●提示 ・一通りの手順を示す |
30秒 | 教員が一通りの作業を学習者の前で行う | ||
●提示 ・大まかな要点の提示 |
安全に釘打を行うためには、 ■木や釘をしっかり固定する ■正しい姿勢をとる 事が重要 |
配布資料を見る | ||
○提示 ・ステップ作業 1.構える |
3分 | 以下作業を分解し、要点を交えながら教員が実演する □木は右腕の正面に据える →げんのうをふりやすいよう □上半身を前に傾ける →体が目標から離れていると釘を当てにくく危険 ※振り上げた時げんのうを頭に当てないよう注意 □左手で木をきちんと配置する →ずれる、あるいは怪我をする危険があるため □釘は3本の指で垂直に構える →4本以上は打ちこみにくい。2本以下は安定しない。 →垂直に安定していないと失敗、怪我等の危険がある |
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○適用 | 訓練生に「1.構える」をやらせる | 実習作業 | ||
○提示 ・ステップ作業 2.釘を打つ |
3分 | ※釘を打ち込むときはげんのうの、平面になっている部分で打つ □釘は三分の一くらいまでは軽く打ち付ける →釘を手の補助なしで安定させるため。釘が安定していないと失敗、指を打つ、はさむといった危険性がある ※釘が傾いた場合はげんのうの側面で軽く力を加えて向きを整える □釘が三分の一くらいまで入って以後は左手を木の支えにまわす →正確な位置で木を接合させるため □直前まで強く釘を叩き込む |
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○適用 | 訓練生に「2.釘を打つ」をやらせる | 実習作業 | ||
○提示 ・ステップ作業 3.仕上げ |
2分 | □少し出ている釘をげんのうの木殺しで軽く打ち込む。釘が軽く食い込む程度 →見栄えを良くするため |
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○適用 | 訓練生に「3.仕上げ」をやらせる | 実習作業 | ||
●適用 一連作業 |
5分 | 一通り復習した後、訓練生に一連の作業を繰り返しやらせる 手こずる訓練生には個人指導 |
実習作業 | |
●まとめ | 1分 | 安全に釘打を行うための二つのポイントを聞く 二つのポイントの具体例・応用例を聞く 質疑応答 |
指導案の形式は多種多様ですが、ここでは上の「区分」「時間」「指導の要点」「学習者の活動」「教材等」からなる定式書類を用いていきます。
では実際に具体的な作成例と並べて作成手順を説明します。
2)指導案の作成
※先に述べておきますが、本テキストでは指導案の作成にパソコンを使用している(すなわち、文の追加や修正が自由にできる)と想定しています。
その点留意しておいてください。
1. 作成に取り掛かる前に
まず指導案を作成する前に「ねらい」「指導目標」「査定課題」「指導明細」の設定(それらの作成を簡略化している場合は、関連した情報の具体化)と教材研究を完了しておく必要があります。
また必要ならば作業分解票も作成しておかなければなりません。
2. 全体の流れの決定
授業の理想的な流れは前回説明したように「全体→部分→全体」とすると効果的です。
また具体的には以下のような4段階で構成させると良いというのも前回説明しました。
導入
↓
提示
↓↑ ※繰り返し
課題
↓
まとめ
なお「提示」「課題」は、細かく繰り返されて大きく区分けできない場合が少なくないので、「提示」「適用」の要素に置き換えます。
まずは学習指導に与えられた時間を考慮しながら、これら全体的な流れを大まかに決めていきます。
「全体→部分→全体」
I 全体
最初に含めておくべき事は「動機付け」「学習目標の提示」「全体的な学習内容の提示」の3点です。
また、前回までに学んだ内容の復習を行う事もここで行います。
II 部分
学習内容をステップに分けて教えていきます。
III 全体
最後に含めておくべきは「査定課題」「学んだ事のまとめ」の2点です。
なお査定課題がなかったり、課題を回収しないなどの理由で学習効果を評価できる手段がない場合は、この段階で別途学習効果の評価基準として有効な課題を用意した方が良いでしょう。
また「問題解決能力との結びつけ」「学習指導全体に関する質疑応答」も必要に応じて加えます。
学んだ内容が今後どのように授業で使われるのか、という先の展望もここで提示します。
「四段階」で分解
I 全体
(イ)導入
導入では「動機付け」「学習目標の提示」「学習内容の概要の提示」「前回までの復習」などを行います。
(ロ)提示
「全体的な学習内容の提示」を行います。また全体的な要点、注意点などの提示を行います。
II 部分
(ハ)提示
学習内容を細かくステップに分け提示していきます。
(ニ)適用
各ステップの終わりに課題や質問などでステップの内容をきちんと学習できたか確認します。
III 全体
(ホ)適用
査定課題、問題解決能力と結びつけた課題などを実施します。
また学習効果を推し量る課題を実施します。
(へ)まとめ
学んだ内容のまとめ、次への展望、質疑応答などを行います。
作成例)
指導目標「チップ抵抗を規格範囲内で基盤にはんだ付けできる」
I 全体
(導入)
・全体的な学習内容の提示
・動機付け
・学習目標の提示
(提示)
・作業の実演
II 部分
(提示)
・はんだ付けの規格について講義
・作業をステップに分けて実演
(適用)
・ステップの終わりに作業をそれぞれやらせる
III 全体
(適用)
・一連の作業をやらせる
(まとめ)
・各ステップごとの注意点について質問する
・学んだことをまとめる
3. 各部の詳細の決定
次に「手がかり」「作業分解票」「指導明細」といった情報から各部を肉付けし、実際に指導案を作成していきます。
なお指導案の作成に際して、注意点が2つあります。
まず以下のように台詞からなる指導案は、学習指導を、読み上げたり暗誦したりする印象の悪いものにしてしまう恐れがあるため、避けたほうが無難です。
●導入 ・動機付け 釘打の必要性 |
30秒 | 「こんにちは」 「釘打はさまざまな場面で必要です」 「例えば束線作業や本棚の作成何かで使います」 ・授業目標の提示 「今回は、安全に釘打による板の接合ができるようになるのが目標です」 板書「安全に釘打による板の接合ができるようになる」 |
配布資料を見る | 板書 |
次に以下のように概要だけをまとめた指導案も、指導案単体で授業を進められなくなるため不適です。
●導入 ・動機付け 釘打の必要性 |
30秒 | あいさつ 釘打の必要性説明 授業目標の提示、板書 |
配布資料を見る | 板書 |
●提示 ・一通りの手順を示す |
30秒 | 教員が一通りの作業を学習者の前で行う | ||
●提示 ・大まかな要点の提示 |
安全に釘打を行うためのポイントの提示 | 配布資料を見る |
では具体的な各部の組み立て方に入ります。
なお組み立ての際は設定時間に留意してください。
例)指導目標「チップ抵抗を規格範囲内で基盤にはんだ付けできる」
I 全体
区分 | 時間 | 指導の要点 | 学習者の活動 | 教材等 |
●導入 ・全体像の提示 ・動機付け |
1分程度 | あいさつ ・学習内容の概要の提示 ■「今回はこの基盤に、このチップ抵抗をはんだ付けします」 部品を提示 ・はんだ付けの必要性説明 ■電子機器組立ての技能検定にチップ抵抗をはんだ付けする場面がある。チップ抵抗の付け具合は採点対象の一つ 完成品のチップ抵抗の部分を提示 ・授業目標の提示 ■チップ抵抗を規格範囲内で基盤にはんだ付けできるにするのが今回の目標 |
部品を見る |
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●提示 ・一通りの手順を示す |
3分程度 | 教員が一通りの作業を学習者の前で行う ※学習者を教員の前に集めさせる |
前に集まる |
■「今回はこの基盤に、このチップ抵抗をはんだ付けします」
・・・指導目標、査定課題より
■電子機器組立ての技能検定にチップ抵抗をはんだ付けする場面がある。チップ抵抗の付け具合は採点対象の一つ
・・・ねらいより
■チップ抵抗を規格範囲内で基盤にはんだ付けできるにするのが今回の目標
・・・指導目標より
このように、既に設定している資料を元に基本構成を肉付けしていきます。
この段階では、動機付けと概要の提示が実施されているか確認して下さい。
II 部分
「部分」については、ここでは作業分解票に、基本構図で決めた「はんだ付けの規格についての講義」を追加して作成していきます。
●提示 はんだごての準備 |
30秒 | ・はんだごてのセッティングを実演する →先に電源を入れておくと暖かくなるのを待たずに済む(=試験と同等)。実技試験は時間との勝負 |
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●適用 はんだごての準備 |
30秒 | ・はんだごてのセッティング | 実習作業 | |
●提示 チップ抵抗のはんだ付けの規格 |
5分程度 | 1)チップ抵抗の位置 □文字が正しい方向を向いているように ※横向きの場合は上から下に文字が並んでいるように →読みやすいように。試験の減点対象 □ランドとチップ抵抗の横の接触幅は両側0.2mm以上 □ランドに対するチップ抵抗の縦のズレ具合は電極幅の3分の1以内 →取れにくいように。他の部品、ランドと接触しないように。試験の減点対象 ・正しい位置にあるチップ抵抗の図を板書 2)はんだの面積 □ランドははんだで全て埋める →導通するように。とれないように。試験の減点対象 □ランド部分からのはんだのはみ出し幅は2mm以内 →余分なはんだを消費しないように。他のランド・部品とショートしないように。試験の減点対象 3)はんだの量 □角がなくすそを引いている形。高さは電極側面の3分の4以内、2分の1以上 →余分なはんだを消費しないように。ちきんと導通するように。試験の減点対象 ・正しいはんだの形の図を板書 |
配布資料を見る 黒板を見る |
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○提示 ・ステップ作業 1.構える |
1分程度 | 1)パターン面を上にして、基盤支持台に基盤を取り付ける □基盤支持台の突起を四隅の穴にきちんと合わせる →作業中に基盤がずれないように。 |
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○適用 | 訓練生に「1.構える」をやらせる | 実習作業 | ||
○提示 ・ステップ作業 2.仮はんだ付け |
3分程度 | 1)取り付けるランドの片側に予備はんだ付けをする □はんだは薄く、規格範囲内に(ランド部分からのはんだのはみ出し幅は2mm以内に) →余分なはんだを消費しないように 2)チップ抵抗をピンセットで規格範囲内の位置におく □規格範囲内に(横の接触幅は両側0.2mm以上、縦のズレ具合は電極幅の3分の1以内) 3)はんだごてのこて先をランドと抵抗電極部分に当てて加熱し、仮はんだ付けをする □ピンセットでチップ抵抗を抑えながら →チップ抵抗がランドに対して浮かないように。位置がずれないように □加熱は平均的に →きちんと導通するように。部品を壊さないように 4)チップ抵抗のずれを確認する ※ずれている場合はランドと抵抗電極部分を加熱しながらピンセットで位置を修正する |
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○適用 | 訓練生に「2.仮はんだ付け」をやらせる | 実習作業 | ||
○提示 ・ステップ作業 3.はんだ付け |
5分程度 | 1)仮はんだ付けした部分の反対側のランドと抵抗電極部分を加熱し、はんだを流し込む □規格範囲内で(ランドは全て埋め、ランド部分からのはんだのはみ出し幅は2mm以内。角がなくすそを引いている形。高さは電極側面の3分の4以内、2分の1以上) →余分なはんだを消費しないように。ランド間でショートしないように。見栄えをよくするため □はんだの表面に光沢があるようにする →フラックスによる錆防止 ※光沢がない場合は場合は新しいはんだを適量流し込む ※量が多すぎたらこてたたき台とこて先で調整する 2)仮はんだ付けした部分のランドと抵抗電極部分を加熱し、はんだを流し込む □上と同じく |
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○適用 | 訓練生に「3.はんだ付け」をやらせる | 実習作業 |
III 全体
ここでも「I 全体」と同じく、設定している資料を元に基本構成を肉付けしていきます。
なおここでは時間に余裕がないと判断し「各ステップごとの注意点について質問する」の項を削除しています。
●適用 ・査定課題 一連作業 |
5分程度 | 一通り復習した後、訓練生に一連の作業を繰り返しやらせる 手こずる訓練生には個人指導 |
実習作業 | |
●まとめ | 2分程度 | ・板書した絵を用いて、規格を再び簡単に説明 質疑応答 |
黒板を見る |
この段階では、学習効果を確認する手段があるかどうか確認してください。
(上の例では査定課題を行っている学習者を観察することで学習効果を確認する)
4. 全体の組み立て
設計した各部を一つにまとめます。
そして指導案を全体的に見ながら挨拶や各部の中継ぎ要素といった、各部ごと要素を加えます。
次に全体の時間を考慮して各設定時間を調整します。調整だけでは対応できない場合は新たに質問や予備知識の提示を追加したり、不要な項目を削除、統合したりして、決められた時間に合わせていきます。
なお時間の調整しやすい項目を用意しておくと、この段階での調整がしやすくなるだけでなく、授業中での不測の時間のずれにも対応できるようになります。
例えば
「優先順位を設定した複数の設問(残り時間に合わせて設問項目の数を変える)」
「宿題に回せるような課題形式(課題プリントなど。時間が不足したら宿題に回す)」
「繰り返しやらせる課題(残り時間に合わせて課題時間を変える)」
がそうです。
5. 指導案の評価と修正
次の基準を元に設計した指導案を評価・修正します。
□指導目標
学習者が、指導を受けることできちんと指導目標を達成できるか検討します。
また、指導目標の達成度を推し量る基準が、指導案に含まれているか再考します。
□方向性
学習指導に方向性があるならば、指導案がきちんとその方向性に従っているかどうか検討します。
例えば「安全に」という方向性があれば、安全性に関する説明がきちんと為されているか、安全性を確保するための学習項目に重点が置かれているかなどを評価し、安全に関する項目を追加したり、安全に作業するのに大して必要のない項目を削除したりします。
上の例ならば、「規格範囲内で」という方向性があるので、規格について質問する等といった規格に関する項目を増やしたりします。
□原則・コツ
学習効果を高める原則・コツ等があれば、それを元に学習指導を評価・修正します。
ここでは前々回紹介した指導の4原則を用います。4原則の詳細については「指導の四原則」の頁を参照してください。
□難易度
全体が定まったこの時点でもう一度学習内容の難易度について検討します。
例えば「初心者なので作業が遅れる可能性がある。よって設定時間に余裕を持たせてみる」「ステップが長すぎ、学習効果が薄れる可能性がある。よってもうすこし細かくステップを設定し、各段階に確認テストを用意してみる」などがそうです。
□時間
実際に読み上げたり時計で時間の長さを実感したり、あるいは教材研究を繰り返したりして、各設定時間を再検討して見ます。
なおこの時点で後々説明する指導観察を行うことも、指導案の評価法としては有効です。
6. 確認事項
指導案の作成が一段落したら以下の3つを確認します。
・学習評価を推し量る手段
観察で推し量るのか、課題プリントを回収するのか、質疑応答で確認するのか、といった授業目標の達成度を評価するための手段を確認します。
ない場合は新たに指導案に追加します。
・教材
何か教材を使うならば、その内容を確認します。
配布教材・OHPシートなどは、その内容を簡単にまとめて明記します。
板書を用いる場合も、書く内容をまとめます。
視聴覚教材、引用等は、その題目等の情報を明記します。
・注記
指導案の項目で、指導案内で明記していない特殊な属性があれば、それを明記します。
例えば、「この課題は時間がなければ宿題に回す」「失敗した場合は、この課題は飛ばす」などがそうです。
特に注記は指導案の隅や裏などの空白に書きとめておくと良いでしょう。
例)指導目標「チップ抵抗を規格範囲内で基盤にはんだ付けできる」
・学習評価を推し量る手段
査定課題をこなしている学習者を観察することで評価する
・提示教材
配布教材(規格の説明、作業分解票からなるもの)
板書(チップ抵抗の位置、はんだの理想的な形・面積についての図)
・注記
査定課題をこなす時間は、残り時間に合わせて弾力的に調整する
7. 教材作成
完成した指導案に基づき、教材を作成・用意します。
板書は、手間がかかりますが黒板に書いた状態をそのまま再現した板書ノートを作成すると、安全に書き進めることができます。
OHPなどは、一度文字の大きさが適切かどうか実際に確認しておいた方が無難です。
8. シミュレーション
最後に学習指導のシミュレーションを実際に、あるいは机上で行い、設定時間は適切か、提示し忘れている学習項目はないかなど、指導案の検討を行います。
3)まとめ
指導案設計の流れ
1. 全体の流れ(ここでは全体→部分→全体)を決定する。
2. 流れの各部を指導明細、ねらいなどを元に肉付けする。
3. 各部をつなげ、指導案を作成。時間と内容の過不足を調整する。
4. 以下の要素で指導案を評価・修正する。
・方向性
・学習指導の原則
・難易度
・時間
5 以下の項目の確認を行う
・学習効果を推し量る手段
・提示教材
・注記
6. 教材の作成・用意
7. シミュレーションを行い、最終的な評価・修正を行う。
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